かおりです!
能代市畠町にあります 老舗のお菓子屋さんをお訪ねしました。
翁飴本舗 桔梗屋です。
創業は、文禄元年(1592年!安土桃山時代!!)428年の歴史です。
こちらで、出会えるのが 名物「翁飴(おきなあめ)」
口にしたことがある人が多い、愛され続けてきた 味わいです。
桔梗屋の武田 成史(のりひと)さんが迎えて下さいました!
桔梗屋は、武田さんのお父様が19代目、武田さんが20代目となります。
武田信玄で有名な武田家の一族ということ!!
代々「武田吉太郎」という名も 受け継いでいます。
祖先は、茨城 由緒の武田家とのこと。そこから、金沢へ動き
お菓子作りを始めたのだそう。
「桔梗屋」という名前は、京都の名門のお菓子屋から譲り受けたもの。
織田信長から逃れて、北上し、能代の土地にたどり着いたと
伝わっているそうです。すごい歴史ですね!
おまんじゅうや、飴細工などを扱うお菓子屋さん「桔梗屋」として続き
14代目からこの「翁飴」が生まれました。(文化年間)
武田家秘伝の製法! 一子相伝の技で 200年以上 受け継がれています。
「翁飴」は やさしい 淡黄色。
指でつまむとしっかりとしているのですが 柔らかさが分かります。
口に入れると やさしい甘さと風味があり、なんとも 滋味深い味わい!
柔らかいお餅のようでいて、口の中では、溶けていきます。
原料は もち米と大麦 そして寒天とシンプル!
この甘さは、もち米と大麦から作る 自家製の麦芽糖化水飴の甘さです。
砂糖は一切使用していません。
14代目の吉太郎さんが、自家特製の麦芽糖化水飴を固定化する事を思い立ち、
長年苦心研究の結果、製造されたものなのだそう。
「滋味に富み、病人に勿論、老人には特に食し易く、長寿を全うするを意味して
『おきなのあめ』即ち、”翁飴”と命名せる由なり」 とのこと。
数々の賞も受賞しています。
こちらは、特別に見せていただいた「切り分ける前」の翁飴!!
ちょうど、この作業が仕上がった今日だからこそ!お目にかかれたもの。
この輝く金色!! 「ほぉ~」と声が出ました。
「翁飴」の作業は、すべて手作業!
作り始めから、1週間かけて仕上げられています。
武田さんは、家業を「受け継ぐものだ」と考えてきました。
大学卒業後は、家に入り お父さまの作業の手伝いをしてきたのだそう。
11年前、お父様が 体調を崩し ひとつきほど入院した際
「注文も入っていて、お店も開けなければならない。」と
武田さんは「見て覚えた」19代目の技で「翁飴」を製造。
仕上がった「翁飴」は、まさに、桔梗屋の味だったのだそう。
武田さんは「教えてもらったことはなかったけど、分かっている」と
感じたのだとか。それ以来、ほどんどの作業を おひとりで行っています。
そして、今年度は、目が回るような 忙しさだったということ!
人気ロックグループ「X JAPAN」のToshl(トシ)さんが、
フィギュアスケート男子の羽生結弦選手から差し入れられたとブログで紹介。
注目が集まり!! 全国から注文が寄せられました。
おなじみのお客さまも大切にしながら、全国からの注文に対応してきた武田さん。
思わず目を細めてお話していました。
武田さんは、ソフトテニスで 国体に出場されたり
休みの日には、趣味の自転車で 遠くまで走ることもあるという
スポーツマン!!(ジムにも通っているのだそう)
「翁飴」製造の お一人での作業は深夜近くまで続くことがあるそうですが、
作業を支える持ち前の「タフな芯が あるのだな」とお話を聞いて感じました
作業の際には、ABSラジオを 聞いて下さっているということ!
特に水曜日が好きなのだそう。
由香さんとの会話も朗らかに弾みました♪
「エキマイクを聴くと、がんばっている人がたくさん出て、刺激になっている」
という、武田さん。「由香さんの生歌もぜひ」とリクエストも下さいました!
身体にすう~っと、なじんでいくような、 誠実な味わいの「翁飴」
その 作業の横にラジオがあることも、うれしく感じたラジパルでした!
「エキマイク聞いたよ。と来てください。おまけを少し」と
武田さんはにっこり。
ぜひ、そのお人柄にも触れて、お話をしてくださいね!
「桔梗屋翁飴本舗」
能代市畠町 6−8(大通り沿い 青森銀行となり)
電話:0185−52−5853
午前9時〜午後6時(売り切れ次第 お店が閉まります)
お休み:木曜日 第1、第3 日曜日